Tweet 短編小説 誕生日の花をテーマに短篇小説を作成「クロッカスの約束」 http://nspc.kojyuro.com/0103.html
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Crocus family by Finnyanne on DeviantArt

誕生花 クロッカス 
花言葉「切望」、「青春の喜び」


Zonnige zondag doet de crocus bloeien - FocusGroningenFocusGroningen

「クロッカスの約束」

風の冷たさが和らいだ三月の終わり。町の花壇には、いち早く春を告げるクロッカスが小さな蕾を膨らませていた。
商店街のはずれの小さな花屋「ティエラ」にて働く理恵は、その日も店先でクロッカスの苗を並べていた。鮮やかな紫や黄色の花が、冬の名残を押しのけるように顔を出している。

理恵はクロッカスが好きだった。子どもの頃、母と一緒に近くの公園に咲くクロッカスを見にいった思い出が、今でも心の中に優しく咲いている。
苦しい時期を越えて迎えた春には、「また一歩踏み出そう」と、いつもクロッカスに背中を押された。

ある朝、理恵が苗に水をやっていると、一人の青年が店先に現れた。
スーツ姿で、仕事帰りとも思えない少し疲れた顔。それでも、ふとした拍子に見せる柔らかな笑顔が印象的だった。

「おはようございます。…クロッカス、今年も綺麗ですね」

訊けば、彼――大智は隣町の会社に勤めるサラリーマンとのこと。「去年もこの花屋でクロッカスを買いました。母が好きだったので」。
理恵は嬉しくなり、今年も美しく咲くようにと特別に手入れした苗を薦めた。

「お母さん、喜んでくれるといいですね」と理恵が言うと、大智は一瞬だけ寂しげな表情になった。「母は去年、病気で亡くなってしまって…。でも、クロッカスを見ると、不思議と温かい気持ちになれるんです」

理恵は、とっさに「きっと大智さんのお母さんも、毎年この花たちの咲くのを空から楽しみにしていると思います」と答えた。

それ以来、大智は週に一度、必ず花屋に立ち寄り、理恵と話をするようになった。仕事帰りに新しい花の様子を眺めたり、理恵がブレンドしたハーブティーを飲むなど、二人の小さな習慣ができていった。


ある日、理恵は大智が会社でトラブルを抱えていることに気づく。彼の顔から笑顔が消え、苛立ちや疲労が滲んでいた。
「大丈夫ですか?」と声をかけても、「少し仕事でうまくいかなくて」とだけ答え、うつむいてしまう。

理恵は何もできない自分を歯がゆく思いながらも、せめて彼を元気づけようと考えた。
そして、店の一角にクロッカスの花束を準備した。
「お疲れさまです、これ――春を呼び込んでくれるお守りです」

ふいに差し出された花束に、大智は驚いた表情を見せる。
「この花を見ると、前向きな気持ちになれる気がするんです」
理恵の言葉に、大智はようやく微笑みを浮かべた。


間もなく町の桜が咲き始めた四月上旬。
大智は突然、転勤の話を理恵に告げた。「来週から関西支社への異動が決まったんです。突然で…」

理恵は一瞬、言葉を失ったが、「新しい場所でもきっと上手くやれますよ」と微笑んだ。
けれど、涙をこらえるのが精一杯だった。

別れの日、花屋の前で二人は立ち尽くした。
「理恵さんと過ごす時間、すごく救われていました。…願わくば、また必ず戻ってきたいです」

理恵はクロッカスの花束を大智に手渡し、「この花が咲きそろう春に、またここで会いましょう」と伝えた。
大智はしっかりとその花束を抱え、「必ず約束を果たします」と言葉にした。


一年が過ぎた。
理恵は仕事に打ち込みながらも、大智を想う日々を送った。店先でクロッカスが咲くたび、遠く離れた彼の顔が浮かんだ。

長かった冬が終わりかけた頃、花屋に手紙が届いた。差出人は大智だった。

「理恵さんへ
そちらは少しずつ春の気配が近づいてきたころでしょうか。
関西での一年も、ようやくひと段落しました。
約束どおり、今年のクロッカスが咲くころ、必ず会いに行きます。
新しいスタートに、一緒に立ち会ってほしいのです。」

理恵はその手紙を胸に、春を指折り数えた。


クロッカスの花壇がいちめんに色づいた早春の朝。
開店準備をする理恵の前に、ずぶぬれのコート姿で大智が立っていた。
「理恵さん、ただいま」
思いもよらぬ再会に、理恵は言葉をなくし、涙をこぼした。

しばらくして二人は花壇の前に立った。
クロッカスの花を背にして、大智は静かに口を開いた。

「この花、一番初めに見たとき『希望』という花言葉があるのを教えてくれましたよね。
理恵さんがそばにいてくれることで、また新しく希望を持てる気がしました。これからも…一緒に咲いていけますか?」

理恵は涙をぬぐい、力強くうなずいた。

「もちろんです。クロッカスが咲くたび、あなたと未来を重ねていけたら幸せです」

二人は手を取り、クロッカスの花壇をゆっくり歩いた。
春の柔らかな陽射しがふたりを包み、足もとには無数のクロッカスが、まるで新しい一歩を祝福するように輝いていた。

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1月3日 誕生花|クロッカス

クロッカス 球根 植物 地植え

Photo by tupi*さん@GreenSnap

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